- 研究目的
a.背景と目的
日本国と中東諸国は、エネルギー・水・食糧の観点からみて地球環境に多大な負荷を与え続けてきました。自国の経済的繁栄を維持・拡大することを最優先に、中東地域における化石燃料と化石水といった再生不可能な資源の不可逆的な利用を過度に推進し、外来種の植林による地域の生態系の改変や資源開発の恩恵の社会上層への集中をもたらしました。現代石油文明が分岐点を迎えつつあるいま、これからの日本・中東関係は、化石燃料を介した相互依存関係から、地球環境問題の克服につながる「未来可能性」を実現する相互依存関係へと一大転換する必要があります。その社会設計のために、これまで中東地域で育まれてきた生命維持機構、さらには将来に向けて維持していかなければならない生産活動の特質を「地球環境学」の観点から実証的にあきらかにしてゆく基礎研究の推進が重要と考えます。
低エネルギー資源消費による自給自足的な生産活動(狩猟、採集、漁撈、牧畜、農耕、林業)を中心とした生命維持機構、すなわち「なりわい」に重点を置いた生態系の実証的な解明を通じて、先端技術・経済開発至上主義への根源的な問い直しをし、砂漠化対処の認識的枠組みを社会的弱者の立場から再考します。それらの研究成果に基づき、庶民生活の基盤を再構築するための学術的枠組みを提示し、ポスト石油時代における自立的将来像の提起へとつなげていきます。
b.研究方法と研究組織
主要な調査対象地域は、紅海とナイル川の間に位置するスーダン半乾燥3地域(紅海沿岸、ブターナ地域、ナイル河岸)です。さらに、サウディ・アラビア・紅海沿岸、エジプト・シナイ半島、アルジェリア・サハラ沙漠の3カ国・3地域をサブ調査対象地域とし、各地域のなりわい生態系の特質を比較研究していきます。現地調査をもとにして、それぞれのキーストーン、エコトーン、伝統的知識を地域間で比較し、固有の条件下でのなりわいの持続性の違いを明らかにしようとしています(図1)。
最重要課題である研究テーマは、1)外来移入種マメ科プロソピス統合的管理法の提示、2)乾燥熱帯沿岸域開発に対する環境影響評価手法の確立、3)研究資源の共有化促進による地域住民の意思決定サポート方法の構築、の3点です。研究方法の中心的アプローチは、i)キーストーン(ラクダ、ナツメヤシ、ジュゴン、マングローブ、サンゴ礁)に焦点をあてたなりわい生態系の解析と、ii)エコトーン(涸れ谷のほとり、川のほとり、山のほとり、海のほとり)に焦点をあてたアラブ社会の持続性と脆弱性の検証の2点です。
プロジェクト・メンバーには、国内外の人文社会科学者、自然科学者、地域のNGOメンバー、プロジェクト・マネージャーが含まれ、それぞれのメンバーが、A)外来移入種の統合的管理グループ、B)乾燥熱帯沿岸域の環境影響評価グループ、C)研究資源共有化グループ、D)地域生態系比較グループ、に分かれて研究を進めています(図2)。
- 主要な成果
研究資源の共有化促進と地域生態系の比較研究
2009年、地球研とアルジェリア国立生物資源開発センター(CNDRB)との間でMOUが締結され、サハラ・オアシスでの本格的な調査が始まりました。
調査の主目的は、歴史的変化、社会変化をふまえたサハラ沙漠のなりわい生態系の解明です。多分野から構成される研究者にくわえて、コンサルタントやオアシス農業の篤農家といった実践者もメンバーに加わり、プロセスとデータ収集を共有しながら調査が進められています。
調査地は、アルジェリア・サハラの中央に位置する、イン・ベルベル、マトリユーン、アウレフの3個所のオアシスです。調査は、故小堀巌国連大学上席学術顧問を中心としてこれまで培われてきた調査結果を継承、発展させることによって進められています。
歴史的変化を踏まえつつ、現在のオアシスのなりわい生態系の状況を把握することから調査は始まりました(図3)。
50年以上前までさかのぼる石油時代以前には、オアシスのなりわいは自給的側面に基礎づけられていました。人々はオアシスと周辺の資源を利用しながら生活を営んでいたのです。とりわけ、ナツメヤシとフォッガーラと呼ばれる地下水路(暗渠)による灌漑システムは、オアシスのなりわいにとって不可欠なものでした。そのいっぽうで、遠くはなれた他のオアシスとの間のネットワークも人々の生活にとって不可欠であったのです。このネットワークを支えたのは沙漠での移動、運搬を可能せしめたラクダでした。
1970年代になると、オアシスの生活様式は変化しはじめました。たとえば、日常の食べ物としてオアシスの外で生産されたクスクスを消費するようになったのです。この時期、オアシスの農業も変化しはじめました。何本かの深井戸を掘り、そこから得た水で農地を広げる試みがはじまりました。しかし設置したポンプの不具合などによって深井戸の水利用は当初考えたよりも困難な状況となりました。現在、1本のオアシスと1本の深井戸のみによってイン・ベルベルのオアシスは支えられています。
しかし、ナツメヤシの重要性は現在でも変わっていません。ただし石油時代以前、ナツメヤシは自給的な食料として利用されていましたが、現在では換金作物として栽培されるようになりはじめています。新しい品種を他のオアシスから入手し栽培を試みることも行われています。オアシス灌漑農業の資源利用を定量的に把握するために、エコロジカル・フットプリントに関するデータ収集も始まりました。
- 今後の課題
2010年度をもって、スーダン、サウディ・アラビア、エジプト、アルジェリアのすべての調査予定地および調査予定項目についてスタートを切ることができました。今後の課題は、これまで行ってきた調査データ収集の継続、調査地間の比較データ項目抽出、研究成果のアウトリーチです。
研究概要
|
|
|
|